2007年12月10日(月) 21世紀最初の独立国 (東ティモール ディリ)
21世紀に入ってから一番最初に独立した国、東ティモール。東ティモールというと、テレビに映し出される事件や国連軍の常駐など物騒なイメージが多く、正直なところ行くかどうか迷いましたが、治安も安定して来ているとの情報を得ていってみることにしました。
オーストラリアのダーウィンからプロペラ機に乗って東ティモールの首都ディリの空港へ飛行機が着陸すると、滑走路の周辺には大きく『UN』とペイントされた軍用機がずらりと並び、ちょっとものものしい雰囲気でしたが、入国審査を済ませて空港の外にでると、いたって普通。アジアの人懐っこい人々、路肩で物を売る屋台、そして排気ガスの匂い。物騒なことへの不安よりも、2年振りにアジアに戻ってきたんだという懐かしさと嬉しさが先行しました。
70年代までポルトガルの植民地だったこともあり、一定の年齢以上の人にはポルトガル語が通じるので、ポルトガル語の単語を発すると全然反応が違って、特に子供たちには大ウケ。観光客が少ないこともあって擦れていない感じがするし、もともと親切な人も多いので滞在は快適でした。
東ティモールに来るに当たり、植民地時代からインドネシアへの強制併合、そして独立、その後の問題などを簡単に調べたいたのですが、実際に人々の生活を目にして考えさせられるものがありました。特に独立後の通貨としてのUSドル導入や国連軍の常駐に伴って物価が上がっている現状により、実際に生活をしている人々が苦労している。中にはインドネシア時代のほうが良かったという人すらいる。独立という悲願を叶えた東ティモールですが、難しい問題が影を潜めている印象を受けました。
東ティモールの子供たちはとても人懐っこい。 |
どこに行っても、子供たちが近寄ってきてカワイイ。 |
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未だにテント暮らしをする人々が多数いる。ずらりと並ぶテントを見て、衝撃を受けた。 |
日本からの援助も多数あるという。日本国旗が描かれた車両やJICAの車両を何度も見た。 |
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週末にもなると、地元やUNの人々で賑わうビーチ。 |
巨大なキリスト像はリオに次ぐ大きさ!? |
2007年12月31日 神々しい雰囲気漂う島、バリ島 (インドネシア バリ島)
楽しみにしていたバリに来ました。バリでは、東南アジア以降の旅程への季節合わせのこともあり、少々ゆっくりしようと、この旅初の長期滞在。1ヶ所でゆっくりすると、短期滞在とはずいぶん違い、人々の生活を垣間見れたり、知合いが出来て仲良くなったりと、普段の旅行とは違った楽しさがあることを知りました。
イスラム色強いインドネシアにおいて、バリだけはヒンドゥー教の影響が大きく、そのヒンドゥーに基づいた儀礼や習慣が見られるのもバリ。島内に何十万もある小さな寺院に日々地元の人々がお供え物を上げてお参りする時間になると、町のあちこちからお線香の煙があがります。また、ヒンドゥー暦に基づいた”オダラン”という寺院祭礼もすごく魅力。バリの正装を着こんで、近くの村のオダランにも参加させてもらったり、盛大なお葬式にも参列出来たのは貴重な体験でした。
バリの人々は親日的で穏やかなこともあり、1ヶ月もの間滞在したのに嫌な思いをほとんどせず、かなりよい思い出になりました。同じところに何回も来るより、新しいところに行きたい私たちですが、バリはまたゆっくりと遊びに来たいです。
神々しい雰囲気があるバリ。 |
近くの村で行われていたオダランへ連日参加させてもらった。 |
2008年1月17日(木) トンコナンハウスとお葬式 (インドネシア タナトラジャ)
バリの北西600kmの所にあるスラウェシ島。その中部山岳地帯にあるのがタナトラジャです。トラジャコーヒーが有名なので日本でもたまに名前を聞くことがあると思います。でも、ここに来た目的は不思議な”家”と”お葬式”と”お墓”なのです。
タナトラジャの地域はインドネシアでは珍しくキリスト教率がなんと85%なのですが、どの宗教であっても儀礼などは伝統を重んじた特殊な慣行が残っているようです。久しぶりの観光ということもあり、なかなかインパクトが強いもが多かったです。
まずは、家。トンコナンハウスと呼ばれる家なのですが、屋根の形が船!それが、10軒程度集落として集まっているので、なかなか面白いです。なおはもっと多くの家が密集していると思っていたので肩透かしを食らった気分と言ってましたが、集落が幾つもあって、手入れされた美しい屋根や壁の色彩はいい感じです。「なんでこんな不思議な形の家が出来たか?」と思ってしまうのですが、紀元前にまだスラウェシ島のほとんどが海の中だった頃に、中国南部から海を渡って来た人々が上陸。乗ってきた船を使って家を建てたという伝説が残っているそうです。そのため、全てのトンコナンハウスは北を向けて立てられているとか。
次はお墓。トラジャではミイラになった遺体を舟形の棺におさめて、断崖の横穴に安置するのが伝統になっているようです。何ヶ所かの横穴墳墓に行ってみたのですが、墳墓の前にはタウタウと呼ばれる亡くなった人を模った等身大の人形がおかれています。これがなかなかリアルで、ちょっと不気味。観光客が私たち2人だけだった横穴墳墓もあって、日が陰って風が吹いたりすると、ちょっと背筋が寒いものがありました。
旅行者の間では有名なタナトラジャのお葬式ですが、ちょうど村の有力者夫妻の盛大なお葬式が行われていて参列することが出来ました。ここでのお葬式は亡くなった直後ではなく、ある程度お金を蓄えてから盛大にやるのが慣わしらしいので、悲壮感はほとんどありません。それよりも一種お祭り的な盛大さを感じます。一番驚くのはいけにえ。水牛や豚を惜しみもなくいけにえとして屠り振舞いまうのですが、インドネシアではとても高価な水牛をどれだけいけにえにするかで身分が判るとも言われています。
私たちの参列した葬儀では、水牛49頭、豚300頭以上。参列者1万人という巨大な葬儀が4日間に渡って行われていたのですが、葬儀場ではあっちでもブー、こっちでもブーと生贄にされたブタの悲鳴が上がりまくっていて、私たちも腰が引け気味。凄まじいものがありました。
多くの参列者。左側に転がっているのは、生贄のブタ。 |
これぞ焼豚の極意!?生贄のブタを丸ごと焼いて参列者に振舞う。 |
2008年1月22日(火) 仏教遺跡ボロドゥブールへ (インドネシア ジョグジャカルタ)
世界一周をしていると世界中の色々な遺跡を見る機会がありますが、仏教遺跡は数えるほどしか見てこなかったので新鮮にすら感じられたのがボロドゥブール。「世界最大級の仏教遺跡」らしいのですが、規模は小さめ。そのためか、「たいしたことない」とも言われることが多いのですが、鳥かごのような独特の籠状の覆いが被さった仏像が朝靄の中に浮かび上がる姿は予想していたよりいい感じ。ブッダがモチーフになっているという、回廊部分に彫られたレリーフも見事で、ちょうど朝日が昇り朝靄が晴れはじめてくる中での光景はなかなかのものでした。最上の回廊に座ってしばらくの間この光景を眺めていました。
もともとは9世紀にシャイレンドラ王朝によって建設されたのですが、11世紀以降はその存在が忘れ去られ、1000年の眠りから覚めたのが20世紀に入ってからだそうです。この遺跡の仏教的な宇宙観を象徴したと考えられる構成は、なんとアンコールワットにも影響を与えたと聞くと、なんだかすごいものなんだと思いましたが、やはり遺跡の見ごたえとしてはまぁまぁかもしれません。
午後からはプランバナン遺跡に行ってきましたが、残念なことに2005年の地震で大きく損傷を受けて復興中でした。驚いたのは、震度5にも及ぶ地震だったにも関わらず、構造上崩壊を免れていたことです。8〜10世紀の建築技術がいかに優れていたか!でも正直なところ見応えはイマイチの遺跡でした。
インドネシア滞在も残すところ後わずか。2ヶ月近くも滞在したので、ちょっと寂しい気もします。
回廊に描かれたレリーフ。ブッダがモチーフになっているレリーフが多い。 |
午後から訪れたプランバナン。地震でかなりの被害を受けて、修復中だった。 |
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